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すべての教育は洗脳である21世紀の脱・学校論の要約

当たり前といわれているものが、実は当たり前ではないということがこの本を読むと分かります。

無意識のうちに常識といわれるものに従って行動してしまう方は本書を一度読んでみてください。

常識というものが、誰かに作られたものだと分かると思います。

著者

堀江貴文 1972年福岡生まれ。

本書の要点

要点1

学校は誰かの手によって作られた「常識」を植え付けるための機関である。

要点2

これからの時代に重要なのは、どれだけ「やりたいこと」に本気になれるかである。

要点3

今を生きる人たちが向き合うべき課題は 、 「いかにいい大学に入るか 」ではなく 、 「いかに自分だけの幸福を見つけ 、追求するか 」なのである。

要点4

自分の価値を上げてレアな人材になろう。

要点5

「老後の楽しみのために苦しい会社勤めに耐える」という考え方を捨て、「楽しく続けられる好きな仕事を、やる気が尽きない限り続ける」という生き方にシフトしよう。

要約

学校は国策「洗脳機関」である

あなたはすでに洗脳されている

多くの人は、学校で教えられた常識に洗脳されている。

残念ながら、普通に暮らしている限り「常識」という教義の危険性に気づく機会は少ない。

それは、「常識」の洗脳が誰もが通う学校で行われているからだ。

学校は「常識」を植え付けるためにある

学校は「常識」を植え付けるための機関である。

「常識」は誰かの手によって作られる「解釈」である。

主観の入りまくった、その時代、その国、その組織でしか通用しない決まり事である。

「常識」を人に植え付けることでどんな人を育てようとしているのか?

一言で言えば、従順な労働者である。

旧来型の企業では、従順な働き手を求めている。

「使いやすい労働者 」を大量生産する工場

そもそも学校は工場の誕生と連動して作られた機関である。

学校の基礎は産業革命期に、19世紀のイギリスで生まれた。

学校の役割は2つあった。1つは子供達を保護すること。2つ目は子供達を「望ましい工場労働者」に育て上げること。

学校はもともと子供という「原材料」を使って、「産業社会に適応した大人」を大量生産する「工場」の一つだったのである。

今の学校もこの原則は変わっていない。学校で押し付けられるのは「工場=会社」の予行演習のようなことばかりだ。

国づくりのための学校

国家は工場労働者の育成のためだけに、学校を作った訳ではない。「国民」を育成するためにも学校を作った。

国家が国民に求める「務め」が3つある。兵士として戦うこと、子供を産むこと、納税すること。

国家権力を持つ人々は、国民がまだ幼いうちから学校で、「常識」という形で、「国家にとって理想の国民の姿」を頭に刷り込んだ。

「企業(工場)に勤め、たくさんお金を稼ぎ、結婚して子供を持つのが、国民として一番まっとうな人生だ」

産業革命期に作られたこの価値観は、時代も国も超えて、現代の日本まで受け継がれている。

これは国家による洗脳教育がうまくいっている結果だ。

国などなくても生きられる

産業革命期に起源を持つ学校は、工場労働者の育成と国民の養成のために作られた機関だった。

しかし、その役割は着実に解体されつつある。

国の権威よりも、インターネットなどのテクノロジーの利便性の方が、人々の生活において大きな存在感を持つようになってきた。

一読のすすめ

本書では要約で取り上げたトピック以外にも、「G人材とL人材」や「学びとは没頭である」、3つの「タグ」で自分の価値を上げよ!、「会社は今すぐ辞められる」などのトピックがある。

誰かに作られた「常識」に縛られることなく、自分の人生を生きたい人にとって本書を読むことが自分の人生を生きる第一歩目になると思います。